103 第1 蛇の章 6、破滅

103 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, chaṭṭhamo so parābhavo;

Sattamaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第六の破滅です。先生!第七のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

104 第1 蛇の章 6、破滅

104 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Jātitthaddho dhanatthaddho, gottatthaddho ca yo naro;

Saññātiṃ atimaññeti, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「血統(けっとう)を誇り、財産を誇り、また氏姓を誇っていて、しかも己(おの)が親戚(しんせき)を軽蔑(けいべつ)する人がいる。―これは破滅への門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 103-104

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、血統—jāti. 「生れ」、さらに「階級」の意味がある。また「族」の意味に用いられることもある。氏姓―gotti(=Skrt. gotra).「氏姓」「種姓」と訳され得る。

当時の結婚は、同じ階級間で行うことが一般であるが必ずしも守られていなかったのでこのようなことがおこるという。

令和元年5月11日 参道

今日の読経は前回よりも人が多かったので、わたしの調子はずれな読経が他の方の耳に入らないよう少し小声で行いました。しかし、私の場合、お経を読むのでもないと喋りつづけるということはあまりないので、大きく呼吸をする良い機会となります。
読経の後、茶飲み話がります。茶を飲むことは昔から社交的なことでした。日本では栄西和尚は「喫茶養生記」をあらわし茶の効能を説いたといわれています。茶禅一味という言葉もあるようです。また茶の湯では千利休さんが有名ですが以下のような遺偈があります。

人生七十 力囲希咄 (じんせいしちじゅう りきいきとつ)
吾這寶剣 祖佛共殺 (わがこのほうけん そぶつともにころす)
提ル我得具足の一ッ太刀(ひっさぐルわがえぐそくのひとツたち)
今此時ぞ天に抛 (いまこのときぞてんになげうつ)
— 久須見疎安茶話指月集』(元禄14年(1701年))

https://ja.wikipedia.org/wiki/千利休

令和元年5月11日 参禅

暖かくなってきました。それにもまして早くから明るくなってきました。坐ることは必ずしも心の平静につながるものではありません。他の方がどうかは分かりませんが、多くのものを期待するには坐禅は向いていないと思います。
身心脱落を思いながら、吸う息吐く息に戻りました。幸いにも朝はすこし冷え込んだので、空気が通過するのを感じることができました。身心脱落と出入息への回帰を繰り返しました。目はすこし開けています。個人によってテキストによって、目を開けている、目を瞑るというのはさまざまです。目を瞑って行うと脳内のビジョンが立ち上がりやすく、変性意識状態におちいり易すいので、精神的なストレスを感じている方や、向精神薬などを服用されている方にはお勧めできません。

14 一つずつの詩句の集成 第2章

14. Sivakasāmaṇeragāthā 2. Dutiyavaggo
1. Ekakanipāto Theragāthāpāḷi

‘‘Upajjhāyo maṃ avaca, ito gacchāma sīvaka;

Gāme me vasati kāyo, araññaṃ me gato mano;

Semānakopi gacchāmi, natthi saṅgo vijānata’’nti.

… Sivako sāmaṇero….

パーリテキストでも詩句には14と番号が付されている。第2章としては4になる。
The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

わが師はわたくしに言われた―「シーヴァカよ。ここから去ろう」と。わたくしの体は村に住んでいるが、わたくしの心は森に行ってしまった。わたくしは疲れて臥しているけれども、そこへ行こう。〈事物の真相を〉知っている人々に執著は存在しない。

ヴァナヴァッチャ長老の新参の若い弟子(シーヴァカ

仏弟子の告白 中村元 訳  岩波文庫  一つずつの詩句の集成 第2章 14

中村先生の訳注によると、刊本にはgacchāmi とあるが、諸異本によってgacchāma と読んだほうがよい。(Norman)新参の若い弟子―samaṇera 「沙弥」と訳されるとされる。ここでの師はヴァナヴァッチャ長老であると思われる。この発言の時の状況はよくは分からないが、なにかよくない状況がって、師が見舞いに来られたと読んでしまった。妄想を制御することは難しい。

101 第1 蛇の章 6、破滅

101 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, pañcamo so parābhavo;

Chaṭṭhamaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第五の破滅です。先生!第六のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

102 第1 蛇の章 6、破滅

102 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Pahūtavitto puriso, sahirañño sabhojano;

Eko bhuñjati sādūni, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「おびただしい富があり、黄金(おうごん)あり、食物ある人が、ひとりおいしいものを食べるならば、これは破滅への門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 101-102

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。富のある人がひとりその富をほしいままに浪費するなら他者の反発を受け、破滅へと至るであろう。

99 第1 蛇の章 6、破滅

99 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, catuttho so parābhavo;

Pañcamaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第四の破滅の門です。先生!第五のものを説いてください。破滅の門はなんですか。」

100 第1 蛇の章 6、破滅

100 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Yo brāhmaṇaṃ [yo brāhmaṇaṃ vā (sī. syā. kaṃ. pī.)] samaṇaṃ vā, aññaṃ vāpi vanibbakaṃ;

Musāvādena vañceti, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「バラモンまたは〈道の人〉または他の〈ものを乞(こ)う人〉を、嘘をついてだますならば、これは破滅の門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 99-100

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、バラモンまたは道の人―原文では、brāhmaṇa, samaṇa (「努める人」の意。Skrt.śramaṇa .漢訳では「沙門」と訳す)という語を使っている。バラモンはバラモン教の司祭者でヴェーダ聖典を奉じ、それに規定されている祭りを実行する。〈道の人〉はそれ以外の修道者で、ヴェーダ聖典を奉じない。この二種が当時の宗教家の二大別で、第130、190、441、529、859、1079詩に出てくるのみならず、原始仏教聖典一般、「アショーカ王詔勅文」文法書(Mahābhāṣ,Ⅱ,4,9)、諸仏典(Lalittavistara,pp.309,l.10;318,l.18;320,l.20)に出てくるとされる。

97 第1 蛇の章 6、破滅

97 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, tatiyo so parābhavo;

Catutthaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第三の破滅です。先生!第四のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

98 第1 蛇の章 6、破滅

98 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Yo mātaraṃ [yo mātaraṃ vā (sī. syā. kaṃ. pī.)] pitaraṃ vā, jiṇṇakaṃ gatayobbanaṃ;

Pahu santo na bharati, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「みずからは豊(ゆた)かで楽(らく)に暮らしているのに、年老いて衰えた母や父を養わない人がいる。―これは破滅への門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 97-98

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。人間は、ある者は若くある者は年老いて死んでいく。このことは真理である。自分を育ててくれたものへの務めを果たさないということは、自分も務めを果たしてもらえないという事である。

43 第3章 心

43 3. Cittavaggo Dhammapadapāḷi

Na taṃ mātā pitā kayirā, aññe vāpi ca ñātakā;

Sammāpaṇihitaṃ cittaṃ, seyyaso naṃ tato kare.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

母も父もそのほかの親族がしてくれるよりもさらに優(すぐ)れたことを、正しく向けられた心がしてくれる。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第3章 心   43

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。なにごとも自分のこころ次第という有難くもあり、恐ろしい事でもある。

Cittavaggo tatiyo niṭṭhito.

第三章心が終わる。心は制御するというよりも、脳の中にある回路を十分に活用し、心が偏った通路をとおり条件反射のような状態になるのを改めよう。そのためには、瞑想や禅は一時でもやすらぎを提供してくれる。

42 第3章 心

42 3. Cittavaggo Dhammapadapāḷi

Diso disaṃ yaṃ taṃ kayirā, verī vā pana verinaṃ;

Micchāpaṇihitaṃ cittaṃ, pāpiyo [pāpiyaṃ (?)] naṃ tato kare.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

憎む人が憎む人にたいし、怨む人が怨む人にたいして、どのようなことをしようとも、邪(よこしま)なことをめざしている心はそれよりもひどいことをする。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第3章 心   42

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、しようとも―pana という語は、アショーカ王碑文の東方で発見されたものでは、「しかし」という意味である。他のアショーカ碑文ではmana,mina となっている。(Heinrich Lüders;Philologica Indica,S.569-574.)とされる。

心の主は憎んでいる人、あるいは怨んでいる人とよめる。そのこころは他者に害をなすだけではなく、自分自身の健康も損なう

95 第1 蛇の章 6、破滅

95 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, dutiyo so parābhavo;

Tatiyaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第二の破滅です。先生!第三のものを説いてください。破滅への門はなんですか?」

96 第1 蛇の章 6、破滅

96 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Niddāsīlī sabhāsīlī, anuṭṭhātā ca yo naro;

Alaso kodhapaññāṇo, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「睡眠の癖(くせ)あり、集会の癖あり、奮励することなく、怠りなまけ、怒りっぽいので名だたる人がいる。―これは破滅への門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 95-96

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。瞑想中眠くなるという人があるそうです。病気や服用している薬の作用ではない場合は睡眠が足りないか、睡眠が多すぎるという人もいます。福祉の業界などでは、会議、会合、研修などの名目でたくさんの集会があり、その報告書を作成する業務をいれると個人が職務として行う業務のかなりの部分を占めることがります。怒りっぽいのは何かと損です。対人関係も損ないますが、自分自身の体調を損なうことになります。