令和元年5月11日 参道

今日の読経は前回よりも人が多かったので、わたしの調子はずれな読経が他の方の耳に入らないよう少し小声で行いました。しかし、私の場合、お経を読むのでもないと喋りつづけるということはあまりないので、大きく呼吸をする良い機会となります。
読経の後、茶飲み話がります。茶を飲むことは昔から社交的なことでした。日本では栄西和尚は「喫茶養生記」をあらわし茶の効能を説いたといわれています。茶禅一味という言葉もあるようです。また茶の湯では千利休さんが有名ですが以下のような遺偈があります。

人生七十 力囲希咄 (じんせいしちじゅう りきいきとつ)
吾這寶剣 祖佛共殺 (わがこのほうけん そぶつともにころす)
提ル我得具足の一ッ太刀(ひっさぐルわがえぐそくのひとツたち)
今此時ぞ天に抛 (いまこのときぞてんになげうつ)
— 久須見疎安茶話指月集』(元禄14年(1701年))

https://ja.wikipedia.org/wiki/千利休

令和元年5月11日 参禅

暖かくなってきました。それにもまして早くから明るくなってきました。坐ることは必ずしも心の平静につながるものではありません。他の方がどうかは分かりませんが、多くのものを期待するには坐禅は向いていないと思います。
身心脱落を思いながら、吸う息吐く息に戻りました。幸いにも朝はすこし冷え込んだので、空気が通過するのを感じることができました。身心脱落と出入息への回帰を繰り返しました。目はすこし開けています。個人によってテキストによって、目を開けている、目を瞑るというのはさまざまです。目を瞑って行うと脳内のビジョンが立ち上がりやすく、変性意識状態におちいり易すいので、精神的なストレスを感じている方や、向精神薬などを服用されている方にはお勧めできません。