43 第3章 心

43 3. Cittavaggo Dhammapadapāḷi

Na taṃ mātā pitā kayirā, aññe vāpi ca ñātakā;

Sammāpaṇihitaṃ cittaṃ, seyyaso naṃ tato kare.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

母も父もそのほかの親族がしてくれるよりもさらに優(すぐ)れたことを、正しく向けられた心がしてくれる。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第3章 心   43

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。なにごとも自分のこころ次第という有難くもあり、恐ろしい事でもある。

Cittavaggo tatiyo niṭṭhito.

第三章心が終わる。心は制御するというよりも、脳の中にある回路を十分に活用し、心が偏った通路をとおり条件反射のような状態になるのを改めよう。そのためには、瞑想や禅は一時でもやすらぎを提供してくれる。

42 第3章 心

42 3. Cittavaggo Dhammapadapāḷi

Diso disaṃ yaṃ taṃ kayirā, verī vā pana verinaṃ;

Micchāpaṇihitaṃ cittaṃ, pāpiyo [pāpiyaṃ (?)] naṃ tato kare.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

憎む人が憎む人にたいし、怨む人が怨む人にたいして、どのようなことをしようとも、邪(よこしま)なことをめざしている心はそれよりもひどいことをする。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第3章 心   42

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、しようとも―pana という語は、アショーカ王碑文の東方で発見されたものでは、「しかし」という意味である。他のアショーカ碑文ではmana,mina となっている。(Heinrich Lüders;Philologica Indica,S.569-574.)とされる。

心の主は憎んでいる人、あるいは怨んでいる人とよめる。そのこころは他者に害をなすだけではなく、自分自身の健康も損なう

95 第1 蛇の章 6、破滅

95 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Iti hetaṃ vijānāma, dutiyo so parābhavo;

Tatiyaṃ bhagavā brūhi, kiṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第二の破滅です。先生!第三のものを説いてください。破滅への門はなんですか?」

96 第1 蛇の章 6、破滅

96 1.Uragavaggo 6. Parābhavasuttaṃ

‘‘Niddāsīlī sabhāsīlī, anuṭṭhātā ca yo naro;

Alaso kodhapaññāṇo, taṃ parābhavato mukhaṃ’’.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「睡眠の癖(くせ)あり、集会の癖あり、奮励することなく、怠りなまけ、怒りっぽいので名だたる人がいる。―これは破滅への門である。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、破滅 95-96

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。瞑想中眠くなるという人があるそうです。病気や服用している薬の作用ではない場合は睡眠が足りないか、睡眠が多すぎるという人もいます。福祉の業界などでは、会議、会合、研修などの名目でたくさんの集会があり、その報告書を作成する業務をいれると個人が職務として行う業務のかなりの部分を占めることがります。怒りっぽいのは何かと損です。対人関係も損ないますが、自分自身の体調を損なうことになります。