15. Kuṇḍadhānattheragāthā 2. Dutiyavaggo
1. Ekakanipāto Theragāthāpāḷi
‘‘Pañca chinde pañca jahe, pañca cuttari bhāvaye;
Pañcasaṅgātigo bhikkhu, oghatiṇṇoti vuccatī’’ti.
… Kuṇḍadhāno thero….
パーリテキストでも詩句には15と番号が付されている。第2章としては5になる。
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五つ(の下位の束縛)を断て。五つ(の上位の束縛)を捨てよ。さらに五つ(のすぐれたはたらき)を修めよ。五つの執著を超えた修行僧は、〈激流を渡った者〉とよばれる。
クンダダーナ長老
仏弟子の告白 中村元 訳 岩波文庫 一つずつの詩句の集成 第2章 15
この詩句とまったく同じ、ダンマパダ370詩の中村先生の訳注によると、五つ(の束縛)ー五下分結をいう。欲界に属する五つの煩悩。貪・瞋痴・有身見・戒禁取見・疑のこと。この五下分結のあるかぎり、衆生は欲界に生をうけ、これらを断滅すると、欲界に帰らぬ不還果を得るというのが、説一切有部などの伝統的見解であった。五つ(の束縛)ー五上分結をいう。上方(色界と無色界)に結びつける五つの煩悩。結とは煩悩の異名で、上分とは色界、無色界をいう。三界のうち、上二界である色界と無色界とに衆生を結びつける五種の煩悩、すなわち色界における貪、無色界における貪・掉拳(じようこ)・慢・無明をいう。衆生を色界と無色界とに結びつけて解脱させない煩悩であるから、上分結と名づける。これを断ずると阿羅漢果を得るのである、というのが説一切有部などの伝統的解釈であった。先生の参照されるパーリ文註解は、死後に神々の世界におもむかせる五つの束縛と解している。そこで言えることは、『ダンマパダ』の詩が作られた時には、五上分結、五下分結という観念は恐らく成立していたのであろうが、まだ三界説と結びついていなかった。三界説は『ダンマパダ』や『スッタニパータ』のなかのもまだ出ていないから、かなり遅れて成立したものであろう。五つ(のはたらき)-五根。さとりを得させるための五つの力または可能性をいう。すなわち信と精進(勤)と念と定と慧とである。これらは諸の善いことを生ぜしめる根本であるから「五根」と名づける。五つの執著ーpañcasaṅga. 貪り(rāga)と怒り(dosa)と迷妄(moha)と高慢(māna)と誤った見解(diṭṭhi )とである。これらは執著を起こさせるもとであるから「五著」と名づけるとされる。
思うに五下分結と五著とはよく似ていると思われる。