普段は無意識に身体を使っているので、注意力が欠けていたとしても衣服を身に着けたり、自動車の運転をしたりすることが出来る。惰性で動くともいう。長時間の注意を続けることはかえって注意を散漫にしてしまう事も事実である。ゆっくり動く瞑想は、ある一定の時間だけ身体に注意を向け一つひとつの動作を確認する作業ともいえる。
月: 2020年7月
令和2年7月31日 利き手でないほうの手を使う
慣れてくると自然に利き手でないほうの手を使おうとする。これは意思なのかどうか分からない。
令和2年7月30日 利き手でないほうの手を使う
利き手でないほうの手を使う事に慣れていく。
令和2年7月30日 ゆっくり動く瞑想
一つひとつの動きを点検する。
令和2年7月29日 雑感
見なかったらなんとも思わないものが目に入ると執着する。ネットであらわれる広告にとらわれることがあるようだ。反射的な人間だと自覚する。
令和2年7月26日 参禅
仏が目の前にいるのをイメージする。慈悲の瞑想をおこなう。経行では短いお経をこころの中で唱える。甘露の法雨が自分に降りそそぎ自分が癒されていく事をイメージする。
令和2年7月20日 自転車をつかった瞑想
短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。
令和2年7月16日 人中での瞑想
短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。
令和2年7月15日 利き手でないほうの手を使う
一つひとつの動きを確かめる。
令和2年7月14日 利き手でないほうの手を使う
手を落ち着かせる。