117 第1 蛇の章 7、賤しい人

117 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Ekajaṃ vā dvijaṃ [dijaṃ (pī.)] vāpi, yodha pāṇaṃ vihiṃsati;

Yassa pāṇe dayā natthi, taṃ jaññā vasalo iti.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

一度生まれるもの(胎生)でも、二度生まれるもの(卵生)でも、この世で生きものを害し、生きものに対するあわれみのない人、—かれを賤しい人であると知れ。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 117

自分が害されることがないように他の生き物を害することなかれという。

現成公案 4 正法眼蔵岩波文庫

人、はじめて法をもとむるとき、はるかに法の辺際(へんざい)を離却(りきや)せり。

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
以下は管理人の解釈である。「人がはじめて仏法を求める時、仏法は遠くに離れらものと思っている。」

法すでにおのれに正伝(しやうでん)するとき、すみやかに本分人(ほんぶんにん)なり

「仏法が自分自身に正しく伝わる時は、法は自分自身の中にあるのである。」

人、舟にのりてゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる。

「人が舟に乗って移動すとき、目で岸だけを追えば、岸が移動していると見間違える。」

目をしたしく舟につくれば、ふねのすゝむをしるがごとく、身心を乱想して万法を辨肯(はんけん)するには、自心自性(じしんじしやう)は常住(じやうぢゆう)なるかとあやまる。

「舟を見ながらおれば、ふねが進んでいるのを判ることが出来るように、妄想のなかで仏法を見極めようとすると、自分自身が心を含め身心が変化しない存在だと見誤まる。

もし行李(あんり)をしたしくして箇裏(こり)に帰(き)すれば万法のわれにあらぬ道理あきらけし。

「もし自分の行動に固執して自己自身にこだわれるようであれば、仏法が自分に現れてこない理由が明らかになるであろう。」

正法眼蔵(1) 道元 著 水野弥穂子 校注  岩波文庫

47 第4章 花にちなんで

47 4. Pupphavaggo Dhammapadapāḷi

Pupphāni heva pacinantaṃ, byāsattamanasaṃ [byāsattamānasaṃ (ka.)] naraṃ;

Suttaṃ gāmaṃ mahoghova, maccu ādāya gacchati.

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花を摘(つ)むのに夢中になっている人を、死がさらって行くように、眠っている村を、洪水が押し流して行くように、—

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第4章 花にちなんで   47

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。いつかは死んでしまうから無駄だというのではない。残り少ない時間を大切な事の為につかうようにという。

116 第1 蛇の章 7、賤しい人

116 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Kodhano upanāhī ca, pāpamakkhī ca yo naro;

Vipannadiṭṭhi māyāvī, taṃ jaññā vasalo iti.

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「怒りやすくて恨(うら)みをいだき、邪悪にして、見せかけであざむき、誤(あやま)った見解を奉じ、たくらみのある人、—かれを賤しい人であると知れ。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 116

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、見せかけであざむきーmakkhīとされます。これは他人を指名した性格とすると相当悪く付き合いにくい人物となります。貪瞋痴の三毒のうち瞋はいかり、痴は愚痴や無知を表すらしいです。気を付けましょう.

46 第4章 花にちなんで

46 4. Pupphavaggo Dhammapadapāḷi

Pheṇūpamaṃ kāyamimaṃ viditvā, marīcidhammaṃ abhisambudhāno;

Chetvāna mārassa papupphakāni [sapupphakāni (ṭīkā)], adassanaṃ maccurājassa gacche.

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この身は泡沫(うたかた)のごとくであると知り、かげろうのようにはかない本性のものであると、さとったならば悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへ行くであろう。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第4章 花にちなんで   46

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

散文3 第1 蛇の章 7、賤しい人

散文3 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

Evaṃ vutte, bhagavā aggikabhāradvājaṃ brāhmaṇaṃ etadavoca – ‘‘jānāsi pana tvaṃ, brāhmaṇa, vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme’’ti? ‘‘Na khvāhaṃ, bho gotama, jānāmi vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme; sādhu me bhavaṃ gotamo tathā dhammaṃ desetu, yathāhaṃ jāneyyaṃ vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme’’ti. ‘‘Tena hi, brāhmaṇa, suṇāhi, sādhukaṃ manasi karohi; bhāsissāmī’’ti. ‘‘Evaṃ, bho’’ti kho aggikabhāradvājo brāhmaṇo bhagavato paccassosi. Bhagavā etadavoca –

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そう言われたので、師は、火に事えるバラモン・バーラドヴァージャに言った、「バラモンよ。あなたはいったい賤しい人とはなにかを知っているのですか?」

「ゴータマさん(ブッダ)。わたくしは人を賤しい人とする条件をも知っていないのです。どうか、わたくしが賤しい人を賤しい人とさせる条件を知り得るように、ゴータマさんはわたくしにその定(さだ)めを説いてください。」

「バラモンよ、ではお聞きなさい。よく注意しなさい。わたくしは説きましょう。」

「どうぞ、お説きください」と、火に事えるバラモン・バーラドヴァージャは師に答えた。師は説いていった。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 散文3

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

散文2 第1 蛇の章 7、賤しい人

散文2 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

Disvāna bhagavantaṃ etadavoca – ‘‘tatreva [atreva (syā. ka.)], muṇḍaka; tatreva, samaṇaka; tatreva, vasalaka tiṭṭhāhī’’ti.

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そこで、師にいった、「髪を剃った奴よ、そこにおれ、にせの〈道の人〉よ、そこにおれ、賤(いや)しい奴(やつ)よ、そこにおれ」と。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 散文2

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。釈迦牟尼に対して近づくなといっている。中村先生の訳注によると、神聖な火の近くに来られると火が汚されると思ったのであるとされる。

令和元年5月16日 自転車での瞑想

自転車を使った瞑想にとくに注意はない。というか自転車に乗って移動していることに集中することである。漫然と乗っているのではなく、集中しないと事故や転倒の原因となる。危険に遭遇すればいつでも止まることが出来る。周囲の安全確認は常に怠ってはならない。

散文1 第1 蛇の章 7、賤しい人

散文1 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

Evaṃ me sutaṃ – ekaṃ samayaṃ bhagavā sāvatthiyaṃ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṃ nivāsetvā pattacīvaramādāya sāvatthiṃ piṇḍāya pāvisi. Tena kho pana samayena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesane aggi pajjalito hoti āhuti paggahitā. Atha kho bhagavā sāvatthiyaṃ sapadānaṃ piṇḍāya caramāno yena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesanaṃ tenupasaṅkami.

Addasā kho aggikabhāradvājo brāhmaṇo bhagavantaṃ dūratova āgacchantaṃ.

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わたくしが聞いたところによると、—あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェーダ林、〈孤独な人々に食を給する長者〉の園におられた。そのとき師は朝のうちに内衣を着(つ)け、鉢と上衣とをたずさえて、托鉢(たくはつ)のためにサーヴァッティーに入った。

そのとき火を事(つか)さどるバラモン・バーラド
ヴァージャの住居には、聖火がともされ、供物(そなえもの)がそなえられていた。さて師はサーヴァッティー市の中を托鉢して、かれの住居に近づいた。火に事えるバラモン・バーラドヴァージャは師が遠くから来るのを見た。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 散文1

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。賤しい人の導入部分になる。