昼食、浴槽洗いなど一つの作業を最後までやり遂げると自信になり再挑戦が容易になる。
月: 2020年6月
令和2年6月11日 ゆっくり動く瞑想
動きの途中をなるべく細かく感じるようにつとめる。それは道中というより一断面の連続というほうが正しい。
359 第2 小なる章
361 2. Cūḷavaggo 13. Sammāparibbājanīyasuttaṃ
‘‘Pucchāmi muniṃ pahūtapaññaṃ,
Tiṇṇaṃ pāraṅgataṃ parinibbutaṃ ṭhitattaṃ;
Nikkhamma gharā panujja kāme, kathaṃ bhikkhu
Sammā so loke paribbajeyya’’.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
「智慧ゆたかに、流れを渡り、彼岸(ひがん)に達し、完全な安らぎを得て、こころ安住した聖者におたずね致します。家から出て諸々の欲望を除いた修行者が、正しく世の中を遍歴(へんれき)するには、どのようにしたらよいのでしょうか。」
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 13、正しい遍歴 359
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
令和2年6月10日 利き手でないほうの手を使う
負の感情も正の感情も、濃厚なものより淡白なものが勝る。執着を少なくし、瞋りを抑えることは、思い入れが薄い方が容易である。優れた修行者には、どんな出来事であるかは関係ないであろうが。
令和2年6月9日 ゆっくり動く瞑想
ゆっくりと動くことが重要である。身体をはやく動かし過ぎると意識が途中の感覚を省略してしまう。
令和2年6月9日 利き手でないほうの手を使う
注意深くというよりは、そのことを初めて成し遂げた幼児のように喜びもある。味の濃い喜びではないが、すぐに消えてしまうものではない。
令和2年6月8日 自転車での瞑想
短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じることについてより深い集中が必要だ。
令和2年6月8日 利き手でないほうの手を使う
再びかなり慣れてきたと思うが、細かいところまで行き届いているとはいえない。
令和2年6月5日 歩く瞑想
短いお経をこころの中で唱えるのが中心になる。随時慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。マントラを繰り返すことは、考えない状態になる近道だと思う。
令和2年6月5日 利き手でないほうの手を使う
連日使っていると少し慣れてくる。ぞんざいにならないよう気を付ける。