人が近かったためか、頻繁に唾液を嚥下する。口の中は乾いている。
投稿者: mindfult
151 第11章 老いること
151 11. Jarāvaggo Dhammapadapāḷi
Jīranti ve rājarathā sucittā, atho sarīrampi jaraṃ upeti;
Satañca dhammo na jaraṃ upeti, santo have sabbhi pavedayanti.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
いとも麗(うる)わしき国王の車も朽ちてしまう。身体もまた老いに近づく。しかし善い立派な人々の徳は老いることがない。善い立派な人々は互いにことわりを説き聞かせる。
ブッダの真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫 真理のことば 第11章 老いること 151
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
237 第2 小なる章
240 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ
Yānīdha bhūtāni samāgatāni, bhummāni vā yāni va antalikkhe;
Tathāgataṃ devamanussapūjitaṃ, dhammaṃ namassāma suvatthi hotu.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、神々と人間とのつかえるこのように完成した〈教え〉を礼拝しよう。幸せであれ。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 1、宝 237
仏法僧の法である。
236 第2 小なる章
239 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ
Yānīdha bhūtāni samāgatāni, bhummāni vā yāni va antalikkhe;
Tathāgataṃ devamanussapūjitaṃ, buddhaṃ namassāma suvatthi hotu.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、神々と人間とのつかえるこのように完成した〈目ざめた人〉(ブッダ)を礼拝しよう。幸せであれ。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 1、宝 236
パーリ語テキストと中村先生の訳の部分があっていなかった。中村先生の訳231からである。深くお詫びする。
令和元年11月3日椅子に坐る瞑想
同じ瞑想をする場合でも、目を瞑って行う場合と、目を少し開けて行う場合では感覚が大きく違う。私の場合はビジョンをえがく場合は目を瞑って行う方が容易であると感じる。
7 第1章 容色などの章 アングッタラ二カーヤ 第1集
7 第1集 第1章 容色などの章
7 Ekakanipātapāḷi 1. Rūpādivaggo Aṅguttaranikāyo
‘‘Nāhaṃ, bhikkhave, aññaṃ ekasaddampi samanupassāmi yaṃ evaṃ itthiyā cittaṃ pariyādāya tiṭṭhati yathayidaṃ, bhikkhave, purisasaddo. Purisasaddo, bhikkhave, itthiyā cittaṃ pariyādāya tiṭṭhatī’’ti. Sattamaṃ.
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比丘たちよ、わたしはこれほどまでに女性のこころを固くとらえる声を、他にひとつも見ない。比丘たちよ、それは男性の声である。比丘たちよ、男性の声は女性のこころを固くとらえるものである。
原始仏典Ⅲ増支部経典 第1巻 浪花宣明 訳 前田專學 編集 中村元 監修 春秋社 第1集 第1章 容色などの章 7
saddo.声、名詞、男性、単数、主格
令和元年11月2日椅子に坐る瞑想
空気の出入りを数える。次にニュートリノが身体の全身に降り注ぎすべての細胞を満たす。
令和元年11月1日 つなぎ言葉に
ジャンさんのテキストによると、無意識に口にする「つなぎ言葉」に気をつけて、できるだけ言わないようにする。つなぎ言葉とは、「あのー」「ええっと」「でー」「そのー」「みたいな」「ほら」「っていうか」などとくに意味のない言葉で、最近加わったのは、「基本的に」とか「まあともかく」などの言葉だという。
つなぎ言葉を意識にまで浮かび上がらせて使わないようにするという練習である。よく考えて発言するという事と、自分の主張をストレートに伝える。著者は、心が澄み切っていれば、もっと率直に、正確に、しかも人を傷つけることなく言葉を口にすることができるようになるという。
令和元年11月1日 自転車での瞑想
慈悲の瞑想、これは呼吸にもペダルを漕ぐのにもあわせにくい。短いお経をマントラのように繰り返す。
235 第2 小なる章
238 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ
Khīṇaṃ purāṇaṃ nava natthi sambhavaṃ, virattacittāyatike bhavasmiṃ;
Te khīṇabījā avirūḷhichandā, nibbanti dhīrā yathāyaṃ [yathayaṃ (ka.)] padīpo;
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ, etena saccena suvatthi hotu.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
古い(業(ごう))はすでに尽き、新しい(業)はもはや生じない。その心は未来の生存に執着することなく、種子をほろぼし、それが生長することを欲しないそれらの賢者は、灯火のように滅びる。このすぐれた宝が〈つどい〉のうちに存する。この真理によって幸せであれ
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 1、宝 235
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。パーリ語テキストと中村先生の訳の部分があっていなかった。中村先生の訳231からである。深くお詫びする。