短いお経をこころの中で唱える。鼻腔を通過する空気を数える。慈悲の瞑想を行う。途中で公園があったので軽く端から端まで走る。何回か繰り返す。
投稿者: mindfult
161 第12章 自己
161 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi
Attanā hi kataṃ pāpaṃ, attajaṃ attasambhavaṃ;
Abhimatthati [abhimantati (sī. pī.)] dummedhaṃ, vajiraṃ vasmamayaṃ [vajiraṃva’mhamayaṃ (syā. ka.)] maṇiṃ.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
自分がつくり、自分から生じ、自分から起こった悪が知慧悪(あ)しき人を打ちくだく。―金剛石が宝石を打ちくだくように。
ブッダの真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫 真理のことば 第12章 自己 161
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
249 第2 小なる章
252 2. Cūḷavaggo 2. Āmagandhasuttaṃ
‘‘Na macchamaṃsānamanāsakattaṃ [na macchamaṃsaṃ na anāsakattaṃ (sī. aṭṭha mūlapāṭho), na maṃcchamaṃsānānāsakattaṃ (syā. ka.)], na naggiyaṃ na muṇḍiyaṃ jaṭājallaṃ;
Kharājināni nāggihuttassupasevanā, ye vāpi loke amarā bahū tapā;
Mantāhutī yaññamutūpasevanā, sodhenti maccaṃ avitiṇṇakaṅkhaṃ.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
魚肉、獣肉(を食わないこと)も、断食(だんじき)も、裸体も、剃髪(ていはつ)も、結髪も、塵垢(ちりあか)にまみれることも、粗(あら)い鹿の皮(を着ること)も、火神へ献供(けんく)につとめることも、あるいはまた世の中でなされるような、不死を得るための苦行(くぎょう)も(ヴェーダの)呪文(じゅもん)も、供犠(くぎ)も、祭祀(さいし)も、季節の荒行(あらぎょう)も、それらは、疑念を超(こ)えていなければ、その人を清めることができない。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 2、なまぐさ 249
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
令和元年11月24日椅子に坐る瞑想
慈悲の瞑想をおこなう。
248 第2 小なる章
251 2. Cūḷavaggo 2. Āmagandhasuttaṃ
‘‘Etesu giddhā viruddhātipātino, niccuyyutā pecca tamaṃ vajanti ye;
Patanti sattā nirayaṃ avaṃsirā, esāmagandho na hi maṃsabhojanaṃ.
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これら(生けるものども)に対して貪り求め、敵対して殺し、常に(害を)なすことにつとめる人々は、死んでからは暗黒に入り、頭を逆(さかさ)まにして地獄に落ちる、—これがなまぐさである。肉食することが〈なまぐさい〉のではない。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 2、なまぐさ 248
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
247 第2 小なる章
250 2. Cūḷavaggo 2. Āmagandhasuttaṃ
‘‘Ye idha pāṇesu asaññatā janā, paresamādāya vihesamuyyutā;
Dussīlaluddā pharusā anādarā, esāmagandho na hi maṃsabhojanaṃ.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
この世でほしいままに生きものを殺し、他人のものを奪って、かえってかれらを害しようと努め、たちが悪く、残酷で、粗暴で無礼な人々、—これがなまぐさである。肉食することが〈なまぐさい〉のではない。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 2、なまぐさ 247
托鉢で布施を求めてひとの家の前に立つとき、ベジタリアンですとはいえない。施しを受けたもので糊口をつなぐというのがお釈迦様の教えられた生き方である。
令和元年11月23日 参禅
呼吸に戻る。鼻腔を通過する空気を感じる。意図したというよりも、他の方法を行っている時もそこへ戻っていった。
246 第2 小なる章
249 2. Cūḷavaggo 2. Āmagandhasuttaṃ
‘‘Ye pāpasīlā iṇaghātasūcakā, vohārakūṭā idha pāṭirūpikā [pātirūpikā (?)];
Narādhamā yedha karonti kibbisaṃ, esāmagandho na hi maṃsabhojanaṃ.
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この世で、性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、法廷で偽証(ぎしょう)し、正義を装(よそお)い、邪悪を犯(おか)す最も劣等な人々、—これがなまぐさである。肉食をするのが〈なまぐさい〉のではない。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 2、なまぐさ 246
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
160 第12章 自己
160 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi
Attā hi attano nātho, ko hi nātho paro siyā;
Attanā hi sudantena, nāthaṃ labhati dullabhaṃ.
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自己こそ自己の主(あるじ)である。他人がどうして(自分の)主であろうか!自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。
ブッダの真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫 真理のことば 第12章 自己 160
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。他人の言葉や態度に自分のこころが乗っ取られないようにしたい。
159 第12章 自己
159 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi
Attānaṃ ce tathā kayirā, yathāññamanusāsati;
Sudanto vata dametha, attā hi kira duddamo.
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他人に教えるとおりに、自分でも行なえ―。自分をよくととのえる人こそ、他人をととのえるであろう。自己は実に制し難い。
ブッダの真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫 真理のことば 第12章 自己 159
この経典で知られることとなったのか。巷によく伝えられていることである。