164 第12章 自己

164 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi

Yo sāsanaṃ arahataṃ, ariyānaṃ dhammajīvinaṃ;

Paṭikkosati dummedho, diṭṭhiṃ nissāya pāpikaṃ;

Phalāni kaṭṭhakasseva, attaghātāya [attaghaññāya (sī. syā. pī.)] phallati.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

愚かにも、悪い見解にもとづいて、真理に従って生きる真人・聖者たちの教えを罵(ののし)るならば、その人には、悪い報(むく)いが熟する。カッタカという草は果実が熟すると自分自身が滅びてしまうように。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第12章 自己 164

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

163 第12章 自己

163 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi

Sukarāni asādhūni, attano ahitāni ca;

Yaṃ ve hitañca sādhuñca, taṃ ve paramadukkaraṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第12章 自己 163

例えば、走っているさなかには苦しみもあるが、終わったあとささやかな高揚感がある。苦しみもいつか終わる。終わったあとのささやかな楽しみを満足することができれば、おおきな刺激を必要とすることがなくなる。

令和元年11月29日        利き手でないほうの手を使う

浴槽の掃除をしていて、狭い浴槽なので一方の手だけで掃除をしようとすると多少身体全体に無理がかかるのだけれど、その都度、使いやすいほうの手を使えばいいという事について、先に身体が自然んにスポンジを持ちかえていることに、自覚があとでついてきて、ああこれでいいんだと理解した。

162 第12章 自己

162 12. Attavaggo Dhammapadapāḷi

Yassa accantadussīlyaṃ, māluvā sālamivotthataṃ;

Karoti so tathattānaṃ, yathā naṃ icchatī diso.

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極(きわ)めて性(たち)の悪い人は、仇敵がかれの不幸を望むとおりのことを、自分に対してなす。―蔓草が沙羅(しゃら)の木にまといつくように。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第12章 自己 162

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

250 第2 小なる章

253 2. Cūḷavaggo 2. Āmagandhasuttaṃ

‘‘Yo tesu [sotesu (sī. pī.)] gutto viditindriyo care, dhamme ṭhito ajjavamaddave rato;

Saṅgātigo sabbadukkhappahīno, na lippati [na limpati (syā. kaṃ ka.)] diṭṭhasutesu dhīro’’.

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通路(六つの機官)をまもり、機官にうち勝って行動せよ。理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、執著(しゅうじゃく)を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞きしたことに汚(けが)されない。」

ブッダのことば   中村元  訳   岩波文庫   第2  小なる章      2、なまぐさ  250

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。