自分との邂逅、負の想いが押し寄せて、感じては流す。瞑想に失敗も成功も無し。より瞑想が深まったと思う事にする。
月: 2019年10月
令和元年10月10日 利き手でないほうの手を使う
歯磨きについて力がかかる、磨けていないような気がする。再度反対の手で調える。自分を許す。完璧を求めない。
令和元年10月10日 自転車での瞑想
今日はなにも考えることなく景色を楽しんでしまった。
令和元年10月9日 坐る瞑想
坐るのは床である。坐禅によく似ているが、同じかもしれない。坐る場所があれば行うことが出来る。お尻のほうに座布団かクッションをあてる。鼻腔を通過する空気の動きを感じようと試みる。いろいろな想念が浮かぶことがあればそれを感じて空気の流れに戻る。
令和元年10月9日 利き手でないほうの手を使う
利き手でないほうの手は、気を付けて観察すると動きが大雑把である。
令和元年10月8日 椅子に坐る瞑想
鼻腔をくすぐる空気を感じることが出来た。
令和元年10月8日ゆっくり動く瞑想
身体の感じることを聞く。微細ではないが普段気にしていないからといって普段は感覚が生じていないというわけではない。
令和元年10月8日 利き手でないほうの手を使う
利き手でないほうの手を使う事を試してみて、習慣化してみることもおもしろい。
令和元年10月7日 利き手でないほうの手を使う
浴槽を昼頃洗ったのであるが、スポンジをとおして表面のザラザラした感じが手に伝わってきた。
令和元年10月7日 自転車での瞑想
出入息の数をかぞえる。すべてが変わるかけではないが、変わる時もある。