ゆっくりと自分の身体のうける感触を試しながらうごく。
月: 2019年10月
令和元年10月15日 痕跡を残さず
洗面台を使った後、水滴を利用してきれいにする。なるべく利き手ではないほうの手をつかう。
143 第10章 暴力
143 10. Daṇḍavaggo Dhammapadapāḷi
Hirīnisedho puriso, koci lokasmi vijjati;
Yo niddaṃ [nindaṃ (sī. pī.) saṃ. ni. 1.18] apabodheti [apabodhati (sī. syā. pī.)], asso bhadro kasāmiva.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
みずから恥じて自己を制し、良い馬が鞭を気にかけないように、世の非難を気にかけない人が、この世に誰が居るだろうか?
ブッダの真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫 真理のことば 第10章 悪 143
アーナンダよ。このようにして、修行僧は自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいるのである。
令和元年10月14日 痕跡を残さず
洗面台で歯磨きや洗顔をする。利き手ではないほうの手を使う。水滴を使って陶器部分をふく。
令和元年10月13日 痕跡を残さず
水滴をつかって洗面台をきれいにする。利き手ではないほうの手をつかう。
令和元年10月13日 アクティングアウト
神田橋條治先生の治療のこころ第ニ・精神療法の世界に「アクティングアウトとは、言葉に置き換わったならば、言語を介して表現されたならば、重要な発見がもたらされたであろう心理が、言語以外の表出の中に、内的なエネルギーが吸収されてしまったために、せっかくの実りある発見をのがした、という意味なの、それが、本来の、フロイト的な意味なのです」とある。
今日は大きな嵐のため、寺に参禅しなかった。いろいろな選択の可能性の中でそうしたということである。この言葉が思い出されたということである。
228 第2 小なる章
230 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ
Ye suppayuttā manasā daḷhena, nikkāmino gotamasāsanamhi;
Te pattipattā amataṃ vigayha, laddhā mudhā nibbutiṃ [nibbuti (ka.)] bhuñjamānā;
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ, etena saccena suvatthi hotu.
The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/
ゴータマ(ブッダ)の教えにもとづいて、堅固(けんご)な心をもってよく努力し、欲望がなく、不死に没入して、達すべき境地に達し、代償(だいしょう)なくして得て、平安の楽しみを享(う)けている。この勝れた宝は〈つどい〉のうちにある。この真理によって幸せであれ。
ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第2 小なる章 1、宝 228
テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によれば、不死の原語amataは「甘露」の意味をも含めているのであろう。amṛtaが「不死の飲物」であるという意味は、すでに「リグ・ヴェーダ」以来存するとされるといわれる。
令和元年10月12日 痕跡を残さず
洗面台という狭い範囲であるが、歯磨きや手洗いをした後、排水部分にたまった毛髪を取り除いたり、水滴を利用して陶器面を拭く。忘れないことが重要だと感じる。
令和元年10月11日 痕跡を残さず
ジャンさんのテキストによると、「自宅内のどこかの場所を選び、そこを使った痕跡を残さないように暮らします。普通は洗面所やキッチンがいいと思います。そこで料理をしたりシャワーを浴びたりしたら、食べ物やせっけんの匂い以外、いっさい痕跡を残さないように、完全にきれいにしてその場を離れます。」という練習です。
ジャンさんのいわれる洗面所とは違いますが、歯磨きや顔を洗うのにつかう洗面台にします。今朝は使った後、水で流しました。
令和元年10月11日 痕跡を残さず
ジャンさんのテキストによると、「自宅内のどこかの場所を選び、そこを使った痕跡を残さないように暮らします。普通は洗面所やキッチンがいいと思います。そこで料理をしたりシャワーを浴びたりしたら、食べ物やせっけんの匂い以外、いっさい痕跡を残さないように、完全にきれいにしてその場を離れます。」という練習です。
ジャンさんのいわれる洗面所とは違いますが、歯磨きや顔を洗うのにつかう洗面台にします。今朝は使った後、水で流しました。