140 第1 蛇の章 7、賤しい人

140 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Ajjhāyakakule jātā, brāhmaṇā mantabandhavā;

Te ca pāpesu kammesu, abhiṇhamupadissare.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

ヴェ―ダ読誦者(どくじゅしゃ)の家に生まれ、ヴェ―ダの文句(もんく)に親しむバラモンたちも、しばしば悪い行為を行なっているのが見られる。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 140

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。生まれでその後の行為が定まるという事はない。ただ、生まれた後の環境が整えられているかどうかによって違いがあることがあるが、これもかならず同じ傾向があるといえるものではない。

67 第5章 愚かな人

67 5.Bālavaggo Dhammapadapāḷi

Na taṃ kammaṃ kataṃ sādhu, yaṃ katvā anutappati;

Yassa assumukho rodaṃ, vipākaṃ paṭisevati.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報(むく)いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第5章 愚かな人  67

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

139 第1 蛇の章 7、賤しい人

139 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Devayānaṃ abhiruyha, virajaṃ so mahāpathaṃ;

Kāmarāgaṃ virājetvā, brahmalokūpago ahu;

Na naṃ jāti nivāresi, brahmalokūpapattiyā.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

かれは神々の道、塵汚(ちりよごれ)を離れた大道を登って、欲情を離れて、ブラフマン(梵天)の世界に赴(おもむ)いた。(賤しい)生まれも、かれがブラフマンの世界に生まれることを妨(さまた)げなかった。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 139

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

138 第1 蛇の章 7、賤しい人

138 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘So yasaṃ paramaṃ patto [so yasapparamappatto (syā. ka.)], mātaṅgo yaṃ sudullabhaṃ;

Āgacchuṃ tassupaṭṭhānaṃ, khattiyā brāhmaṇā bahū.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

かれマータンガはまことに得(え)がたい最上の名誉を得た。多くの王族やバラモンたちはかれのところに来て奉仕した。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 138

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

令和元年6月9日 参禅

鼻腔で、入る息出る息に戻る。色々な思考とも言えないようなものを含めた、外からと内からとやって来る雑音が入るたびに、鼻腔を通過する空気の流れにもどることを繰り返した。呼吸は自然にする方がよいというテキストと入る息より出る息を長くする方が良いというものもある。にわかに坐るものにその是非を判断する方法もなく、おもむくままに呼吸することになっている。
目は開けているビジョンなどを見ないようにするためである。目を閉じただけで色や不定形な模様を観る事があるが、発展すると意味付けされたものに変わっていき、自分は特別な体験をしていると誤解する恐れがある。そのように誘導する瞑想もあるようだが、いまのところ自分のこころがみせるものに初心者が溺れる可能性を排除している。

66 第5章 愚かな人

66 5.Bālavaggo Dhammapadapāḷi

Caranti bālā dummedhā, amitteneva attanā;

Karontā pāpakaṃ kammaṃ, yaṃ hoti kaṭukapphalaṃ.

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あさはかな愚人どもは、自己に対して仇敵(かたき)に対するようにふるまう。悪い行ないをして、苦(にが)い果実(このみ)をむすぶ。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第5章 愚かな人  66

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。顛倒妄想し自己を痛めつけているのであろう。

137 第1 蛇の章 7、賤しい人

137 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Tadamināpi jānātha, yathāmedaṃ [yathāpedaṃ (ka.)] nidassanaṃ;

Caṇḍālaputto sopāko [sapāko (?)], mātaṅgo iti vissuto.

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わたくしは次にこの実例を示すが、これによってわが説示(せつじ)を知れ、チャンダーラ族の子で犬殺しのマータンガという人は、世に知られていて令名の高い人であった。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 137

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。導入部分である。

古代インドの賤民。センダラともいわれる。アーリア人は先住民を征服していく過程で,先住民の一部を賤民として扱ったが,チャンダーラはその語形からいって先住民の一集団から生れたと考えられ,それが賤民一般をさすようになった。彼らは四姓 (→カースト ) の外におかれ,宗教,職業,服装などの点できびしい差別を受けた。彼らに触れると穢れが生じるといわれ,アーリア人の居住する区域には住むことを許されず,町に入るときには木をたたいて彼らが近づくことを人々に示さねばならず,村の雑役,死体の処理や死刑の執行など不浄とされた仕事に従事した。

コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 チャンダーラ

caṇḍāla https://kotobank.jp/word/チャンダーラ-96912

仏教を信仰するという人の中に、輪廻転生を信じるという人と、輪廻転生を否定する人があります。そもそも生まれかわるという人とそれを否定する人があります。ミリンダ王の問いでは、ナーガセーナ長老は、再生はあると答えます。再生とは灯火から灯火へ火を移すようなものだとし、自性を否定します。

64 第5章 愚かな人

64 5.Bālavaggo Dhammapadapāḷi

Yāvajīvampi ce bālo, paṇḍitaṃ payirupāsati;

Na so dhammaṃ vijānāti, dabbī sūparasaṃ yathā.

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愚かな者は生涯賢者につかえても、真理を知ることが無い。匙(さじ)が汁の味を知ることができないように。

65 第5章 愚かな人

65 5.Bālavaggo Dhammapadapāḷi

Muhuttamapi ce viññū, paṇḍitaṃ payirupāsati;

Khippaṃ dhammaṃ vijānāti, jivhā sūparasaṃ yathā.

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聡明な人は瞬時(またたき)のあいだに賢者に仕えても、ただちに真理を知る。―舌が汁の味をただちに知るように。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第5章 愚かな人  64-65

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。前の詩句と対になっている。

136 第1 蛇の章 7、賤しい人

136 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Ete kho vasalā vuttā, mayā yete pakāsitā;

Na jaccā vasalo hoti, na jaccā hoti brāhmaṇo;

Kammunā [kammanā (sī. pī.)] vasalo hoti, kammunā hoti brāhmaṇo.

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生まれによって賤しい人となるのではない。生まれによってバラモンとなるのではない。行為(こうい)によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなる。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 136

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

63 第5章 愚かな人

63 5.Bālavaggo Dhammapadapāḷi

Yo bālo maññati bālyaṃ, paṇḍito vāpi tena so;

Bālo ca paṇḍitamānī, sa ve ‘‘bālo’’ti vuccati.

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もしも愚者がみずから愚かであると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言える。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第5章 愚かな人  63

ソクラテスの話を思い出す。