225 第2 小なる章

227 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ

Khayaṃ virāgaṃ amataṃ paṇītaṃ, yadajjhagā sakyamunī samāhito;

Na tena dhammena samatthi kiñci, idampi dhamme ratanaṃ paṇītaṃ;

Etena saccena suvatthi hotu.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

心を統一したサキャムニは、(煩悩(ぼんのう)の)消滅・離欲・不死・勝れたものに到達された、—その理法と等しいものは何も存在しない。この勝れた宝は理法のうちに存する。この真理によって幸せであれ。

ブッダのことば   中村元  訳   岩波文庫   第2  小なる章      1、宝  225

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

令和元年9月28日        利き手でないほうの手を使う

朝、浴槽を利き手ではないほうの手で洗う。動きは少々荒いがスポンジを動かすのには差支えはすくない。昼食では、箸の使い方の感覚が多少戻ったが、フォークを使うような癖がある。上手に出来るようになればそれはそれで便利であるが、上手にならなくても集中するということに意味がある。