慈悲の瞑想を行った。慈悲の瞑想でも戻るところは自分の鼻腔である。鼻腔を流れる空気の確認に戻れば他のことへ迷っていく事がない。
日: 2019年7月1日
令和元年7月1日 参道
お経を導師の声明にあわせとなえながら、これも禅であると感じた。それは一瞬のことであり、その感じにとらわれることなくお経に戻った。
慈悲の瞑想を行った。慈悲の瞑想でも戻るところは自分の鼻腔である。鼻腔を流れる空気の確認に戻れば他のことへ迷っていく事がない。
お経を導師の声明にあわせとなえながら、これも禅であると感じた。それは一瞬のことであり、その感じにとらわれることなくお経に戻った。