現成公案 5 正法眼蔵岩波文庫

たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。

 以下は管理人の解釈である。「薪は火となる、しかしさらに進んで薪となることはない」

しかあるを、灰はのち、薪(たきぎ)はさきと見取すべからず。

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
「そのようであるのを、灰はあと、薪がはじめと見るべきではない。」

しるべし、薪は薪の法位(ほふゐ)に住して、さきありのちあり。

「知ってください、薪には薪としての存在として、過去と未来があります。」

前後ありといへども、前後際断せり。

「過去未来があるといっても、(薪となる前は木の幹や枝であったように)その存在には始まりと終わりがあるのです。」

灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。

「灰には灰という存在として、未来や過去があります。」

かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生(しやう)とならず。

「先ほどの薪が、燃えた後、灰となった後、さらに薪となったりすることが無いように、人が死んだあと生きているという事にはならないのです。」

しかあるを、生(しやう)の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。

「そうであるのに、生きているものが死ぬといわないのは、仏法での表現の仕方なのです。」

このゆゑに不生(ふしやう)といふ。

「この理由により、生まれていないといいます。」

死の生(しやう)にならざる、法輪(ほふりん)のさだまれる仏転(ぶつてん)なり。

「死が生になるのではないということ、これは仏法の説明する表現方法なのです。」

このゆに不滅といふ。

「このために死なないといいます。」

生も一時のくらなり、死も一時のくらゐなり

「生きていることも一時的な状態で、死んでいることも一時の状態なのです。」

たとへば、冬と春のごとし。

「たとえばそれは冬と春の関係のようです。」

冬の春となるとおもはず、春の夏となるとはいはぬなり。

「冬が春に移るとは思わず、春が夏に移るとはいいません。」

58 第4章 花にちなんで

58 4. Pupphavaggo Dhammapadapāḷi

Yathā saṅkāraṭhānasmiṃ [saṅkāradhānasmiṃ (sī. syā. kaṃ. pī.)], ujjhitasmiṃ mahāpathe;

Padumaṃ tattha jāyetha, sucigandhaṃ manoramaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

大道に棄てられた塵芥(ちりあくた)の山堆(やまずみ)の中から香(かぐわ)しく麗(うるわ)しい蓮華が生ずるように。

59 第4章 花にちなんで

59 4. Pupphavaggo Dhammapadapāḷi

Evaṃ saṅkārabhūtesu, andhabhūte [andhībhūte (ka.)] puthujjane;

Atirocati paññāya, sammāsambuddhasāvako.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

塵芥(ちりあくた)にも似た凡夫のあいだにあって、正しくめざめた人(ブッダ)の弟子は知慧もて輝く。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第4章 花にちなんで  58-59

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

Pupphavaggo catuttho niṭṭhito.

花にちなんでの章終わる。花は欲望にも智慧にもたとえられる。煩悩則菩提という言葉があるが、煩悩をもつ人という存在こそが悟りを得るための機縁となる。

133 第1 蛇の章 7、賤しい人

133 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Rosako kadariyo ca, pāpiccho maccharī saṭho;

Ahiriko anottappī, taṃ jaññā vasalo iti.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

ひとを悩(なや)まし、欲深く、悪いことを欲し、ものおしみをし、あざむいて(徳行がないのに敬(うやま)われようと欲し)、恥じ入る心のない人、—かれを賤しい人であると知れ。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 133

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。普通のひとであろう。