辨道話 岩波文庫 9

いはく、仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏、ともに自受用三昧(じじゆようざんまい)に端坐依行(えぎやう)するを、その開悟のまさしきみちとせり、西天東地(さいてんとうち)、さとりをえし人、その風(ふう)にしたがへり。これ、師資ひそかに妙術を正伝し、真訣を稟持(ひんぢ)せしによりてなり。

正法眼蔵(1) 道元 著 水野弥穂子 校注  岩波文庫

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。  
 以下は管理者の解釈である。「それは、仏法を保ったそれぞれの祖師が、同じように自分のものとして使用する坐禅による修行を、悟りを得るための正しい方法としている事であり、天竺唐土において、悟りを得た人はその方法に寄ったのである。これは、師匠から弟子へと正しい方法を伝え、本当の方法を保ち伝えたからにほかならない。

57 第4章 花にちなんで

57 4. Pupphavaggo Dhammapadapāḷi

Tesaṃ sampannasīlānaṃ, appamādavihārinaṃ;

Sammadaññā vimuttānaṃ, māro maggaṃ na vindati.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

徳行を完成し、つとめはげんで生活し、正しい知慧によって解脱した人々には、悪魔も近づくによし無し。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第4章 花にちなんで   57

tesaṃ その sampanna sīlānaṃ a ppamāda vihārinaṃ sammad aññā vimuttānaṃ māro maggaṃ na vindati

132 第1 蛇の章 7、賤しい人

132 1.Uragavaggo 7. Vasalasuttaṃ

‘‘Yo cattānaṃ samukkaṃse, pare ca mavajānāti [mavajānati (sī. syā. pī.)];

Nihīno sena mānena, taṃ jaññā vasalo iti.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

自分をほめたたえ、他人を軽蔑(けいべつ)し、みずからの慢心のために卑(いや)しくなった人、—かれを賤しい人であると知れ。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 6、賤しい人 132

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、卑しくなった―nihino(=guṇavuddhito parihino adhamabhāvaṃ vā gato.Pj.p.181).これを後代の漢訳仏典では「不自讃毀他戒」(ふじさんきたかい)という。自分をほめて他人をそしってはならぬ。というのであるとされる。

自分語りは他の人にとってそれほど興味のあることでもない。会話の糸口として相手の興味のあることを聞いて言葉を引き出すことがよくあるが、調子に乗ってはならないということであろうか。さらに修行は言葉少なく行うことが望ましいとされているので、無理に会話を創り出すこともないというべきである。