仏家(ぶっけ)に本依(もとよ)り六知事有(ろくちじあ)り、共(とも)に仏子為(ぶっした)りて、同(とも)に仏事(ぶつじ)を作(な)す。就中(なかんずく)、典座(てんぞ)の一職(いっしき)は、是(こ)れ衆僧(しゅうぞう)の弁食(べんじき)を掌(つかさど)る。『禅苑清規(ぜんねんしんぎ)』に云(い)う、「衆僧(しゅうぞう)を供養(くよう)す、故(ゆえ)に典座有(てんぞあ)り」と。古(いにし)え依(よ)り道心(どうしん)の師僧(しそう)、発心(ほっしん)の高子(こうし)、充(あ)てられ来(きた)りし職(しょく)なり。蓋(けだ)し一色(いっしき)の弁道(べんどう)に猶(よ)る。若(も)し道心無(どうしんな)くば、徒(いたず)らに辛苦(しんく)に労(ろう)して、畢竟益無(ひっきょうえきな)きなり。
典座教訓・赴粥飯法 道元禅師 全約注 中村璋八・石山力山・中村信幸 講談社学術文庫 1 典座の役割
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典座(てんぞ)の語の意味は、寺院の僧衆の座位をつかさどることで、元来は、日常生活の衣食住にかかわる牀座・請会・衣服・華・香・菓蓏・煖水・雑餅食の九事を典次し、寺院の規矩を監督する役でもあったが、後にはもっぱら食事に関する調理・管理・出納の一切をつかさどる役となったと注釈があり、道元禅師の頃は後者であったと思われる。
托鉢修行を専らとしていた時期にはなかった職かもしれない。単に苦行だと思えば報われないが、覚りを求める心があれば修行となる。社会にも具体的な報酬の見えない職を務めている人が大勢いる。山家学生式にも「一隅(いちぐう)を照(てら)す、此(こ)れ則(すなわ)ち国宝なりと。」
| 「悪事(あくじ)を己(おのれ)に向(むか)え、好事(こうじ)を他に与え、己(おのれ)を忘れて他を利(り)するは、慈悲(じひ)の極(きわ)みなり。」とある。 参考 http://www.tendai.or.jp/rekishi/index.03.html |
