今日は7月8日、昨日行った。短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。
投稿者: mindfult
若い頃より時々仏教に興味を持つことはありましたが、持ち前の飽きっぽさで、何ほども学んだり経験したりすることはありませんでした。読書や体験など何かをなし、それを綴りながら、わたしの仏様が存在されることが実感できればうれしいと感じます。
令和2年7月7日 利き手でないほうの手を使う
手を使って感覚を味わう。利き手を使った時とに違いを感じる。
令和2年7月6日 ゆっくり動く瞑想
何のために生まれてきたのか。ひとつひとつをよく味わうためである。自分の身体をゆっくりと動かして地球の引力を感じてみよう。
令和2年7月6日 利き手でないほうの手を使う
慣れていなかったことも少し慣れると行為がぞんざいになり細かい感覚が受け取りにくくなる。人から受けた恩も最初は感謝するが、慣れれば足りないと言い出す始末である。初心に帰ろう。
令和2年7月3日 参道
お経ははやく繰り返し繰り返し読めば瞑想となる。ランナーが何も考えず心がとらわれることもない。
令和2年7月3日 利き手でないほうの手を使う
人間の体で二つあるものはできるだけ同じ程度に使った方が良い。一方に負担をかけ過ぎると身体はそれを補強する成長をおこなう。
令和2年7月2日 雑感
こだわって生きることは勧められていない。しかしこだわらないことにこだわることは必要である。中道という。
令和2年7月2日 利き手でないほうの手を使う
このエクササイズのよいところは、道具を必要とせず、その気になればいつでも出来るという事である。
令和2年7月1日 坐る瞑想
仏のイメージをいきなり目の前に表すことは難しい。カードなどの描かれたものを見つめて参考にする。
令和2年7月1日 人中での瞑想
短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。