ゆっくりと動くのは自分の観察力に限界があるためでもある。
月: 2020年7月
令和2年7月12日 参禅
仏のイメージの構築を試みる。慈悲の瞑想をおこなう。経行では出した足を右、左と確認する。甘露の法雨が頭上から降り注ぎ自分を癒していることをイメージする。
令和2年7月10日 利き手でないほうの手を使う
箸の使い方も上達したのではないか。
令和2年7月10日 ゆっくり動く瞑想
身体をゆっくり動かそうとするときふらつくのは身体がバランスを失いかけているのではないか?片足で静止してみるとわかりやすい。
令和2年7月9日 ゆっくり動く瞑想
身体の動きにおいて、一連の流れは細かく見れば一つひとつはそれぞれの身体の姿勢と見ることもできる。急激に動かすと途中の一局面は味わうことができないが、その動中の感覚を感じ取ろう。
令和2年7月9日 利き手でないほうの手を使う
無意識に利き手でないほうの手を使うというほどにはなっていない。
令和2年7月8日 利き手でないほうの手を使う
ひとつひとつの動作を正確におこなうよう気をつける。
令和2年7月7日 歩く瞑想
今日は7月8日、昨日行った。短いお経をこころの中で唱える。慈悲の瞑想をおこなう。鼻腔を通過する空気を感じる。
令和2年7月7日 利き手でないほうの手を使う
手を使って感覚を味わう。利き手を使った時とに違いを感じる。
令和2年7月6日 ゆっくり動く瞑想
何のために生まれてきたのか。ひとつひとつをよく味わうためである。自分の身体をゆっくりと動かして地球の引力を感じてみよう。