293 第2 小なる章

295 2. Cūḷavaggo 7. Brāhmaṇadhammikasuttaṃ

‘‘Yo nesaṃ paramo āsi, brahmā daḷhaparakkamo;

Sa vāpi methunaṃ dhammaṃ, supinantepi nāgamā.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

かれらのうちでも勇猛堅固であった最上のバラモンは、実に淫欲の交わりを夢に見ることさえもなかった。

ブッダのことば     中村元  訳     岩波文庫       第2  小なる章      7、バラモンにふさわしいこと  293

妻帯することを通常とする現代のこの地域の出家者とは戒律の範囲が異なっている。

213 第16章 愛するもの

213 16. Piyavaggo Dhammapadapāḷi

Pemato jāyatī soko, pemato jāyatī bhayaṃ;

Pemato vippamuttassa, natthi soko kuto bhayaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

愛情から憂いが生じ、愛情から恐れが生ずる。愛情を離れたならば憂いが存在しない。どうして恐れることがあろうか?

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村 元  訳    岩波文庫  真理のことば   第16章  愛するもの 213

自己愛もまた憂いを生じさせる。一方、エリクソンの発達段階説によれば、人間は、乳児期に自分では何もできないことによって、基本的信頼感を獲得する機会を得るという。赤ん坊は、快と不快で生きており、泣くことによって、ミルクを飲ませてもらったり、おむつを取りかえてもらったりして、不快が快の状態になる。そこで快にしてくれる存在に対して信頼感を持つようになり、自分が世話をされる存在であることによって、自分が価値のある存在であると認識するようになるという。この詩句による愛情の否定は、乳児期の養育者がもつ愛情や、子どもの世話を焼いてもらうことによる自己肯定感の醸成を否定するものではない。