231 第2 小なる章

233.234 2. Cūḷavaggo 1. Ratanasuttaṃ

Sahāvassa dassanasampadāya [sahāvasaddassanasampadāya (ka.)], tayassu dhammā jahitā bhavanti;

Sakkāyadiṭṭhi vicikicchitañca, sīlabbataṃ vāpi yadatthi kiñci.

Catūhapāyehi ca vippamutto, chaccābhiṭhānāni [cha cābhiṭhānāni (sī. syā.)] bhabba kātuṃ [abhabbo kātuṃ (sī.)];

Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ, etena saccena suvatthi hotu.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

〔Ⅰ〕自身を実在とみなす見解と〔Ⅱ〕疑いと〔Ⅲ〕外面的な戒律・誓いという三つのことがらが少しでも存在するならば、かれが知見を成就(じょうじゅ)するとともに、それらは捨てられてしまう。かれは四つの悪い場所から離れ、また六つの重罪をつくるものとはなり得ない。このすぐれた宝が〈つどい〉のうちに存する。この真理によって幸せであれ。

ブッダのことば   中村元  訳   岩波文庫   第2  小なる章      1、宝  231

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、三つのことがら―ここに挙げられた三つは十結のうちの最初の三つである。それらは聖者(預流果)では消え失せる。四つの悪い場所、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅をいうとされる。(細かくは解釈の違いあり。)六つの重罪—母を殺し、父を殺し、阿羅漢を殺し、仏の身体から血を出し、僧団の和合を破り、異教徒の教えに従うことをいうとされる。

パーリ語テキストと中村先生の訳の部分があっていなかった。中村先生の訳231からである。深くお詫びする。

146 第11章 老いること

146 11. Jarāvaggo Dhammapadapāḷi

Ko nu hāso [kinnu hāso (ka.)] kimānando, niccaṃ pajjalite sati;

Andhakārena onaddhā, padīpaṃ na gavesatha.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか?—世間は常に燃え立っているのに―。汝らは暗黒に覆われている。どうして燈明を求めないのか?

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第11章 老いること 146

中村先生の訳注によると、燈明を求めないのか―世の中が無常であり、万物が消滅することを、燃えさかる火に譬えていうのであるとされる。