77  第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

77 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ

‘‘Saddhā bījaṃ tapo vuṭṭhi, paññā me yuganaṅgalaṃ;

Hirī īsā mano yottaṃ, sati me phālapācanaṃ.

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(師は答えた)、「わたしにとっては、信仰が種子(たね)である。苦行が雨である。智慧がわが軛(くびき)と鋤(すき)とである。慚(はじること)が鋤棒である。心が縛(しば)る縄である。気を落ちつけることがわが鋤先と突棒とである。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ 77

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、心ーmano.縛る縄ーyotta.これには三種類ある。(1)鋤棒を軛に結びつける縄、(2)軛を牛に結びつける縄、(3)車を牛に結びつける縄(Pj.)とされる。農業との言葉の対比によるたとえである。

76 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

76 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ

‘‘Kassako paṭijānāsi, na ca passāma te kasiṃ;

Kasiṃ no pucchito brūhi, yathā jānemu te kasiṃ’’.

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「あなたは農夫であるとみずから称しておられますが、われらはあなたが耕作するのを見たことがない。おたずねします。―あなたが耕作するということを、われらが了解(りょうかい)し得るように話してください。」

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ 76

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。田を耕す人から問いが発せられた。

10 一つずつの詩句の集成 第1章

10. Puṇṇamāsattheragāthā 1. Paṭhamavaggo
1. Ekakanipāto Theragāthāpāḷi

‘‘Vihari apekkhaṃ idha vā huraṃ vā, yo vedaūū samito yatatto;

Sabbesu dhammesu anūpalitto, lokassa jaññā udayabbayañcā’’ti.

Itthaṃ sudaṃ āyasmā puṇṇamāso thero gāthaṃ abhāsitthāti.

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知慧をそなえて、心やすまり、自らを制し、この世においても、かの世においても求める心なく、あらゆることがらに汚されることの無い人は、世の中の興乏盛衰を知るであろう。

 プンナマーサ長老

仏弟子の告白 中村元 訳  岩波文庫  一つずつの詩句の集成 第1章 10

世間から離れて別の観点からみれるという事である。

第1章おわり

Vaggo paṭhamo niṭṭhito.

Tassuddānaṃ –

Subhūti koṭṭhiko thero, kaṅkhārevatasammato;

Mantāṇiputto dabbo ca, sītavaniyo ca bhalliyo;

Vīro pilindavaccho ca, puṇṇamāso tamonudoti.

詩句の要目

スプーティ、コッティカ長老、よく警戒をたもつカンカーレ―ヴァタ、マンタ―ニーの子(プンナ)、ダッバ、シータヴァ二ヤ、バッリヤ、ヴィーラ、ピリンタヴァッチャと、暗風を除くプンナマーサ

29 第2章 はげみ

29 2. Appamādavaggo Dhammapadapāḷi

Appamatto pamattesu, suttesu bahujāgaro;

Abalassaṃva sīghasso, hitvā yāti sumedhaso.

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怠りなまけている人々のなかで、ひとりつとめはげみ、眠っている人々の中で、ひとりよく目醒(めざ)めている思慮ある人は、疾(はや)くはしる馬が、足のろの馬を抜いてかけるようなものである。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第2章 はげみ   29

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。この詩句もやはり修行を行うようにという励ましである。

平成31年4月28日 参禅

今朝はだいぶん冷え込んで鼻には冷たい空気が流れ込んできました。そこで散漫な思いや感じが浮かんだあと鼻腔を空気が通過する感覚に戻るということを繰り返しました。切れ切れの断片が浮かんできましたが、自然に消えていきました。
次は、短いお経を心のなかで唱え続けました。心の中には何も残っていません。この時間は、別の宗派で行われる念仏や題目に似ていますが、声に出して唱えることはありませんんで、少し違います。
最後は、慈悲の瞑想を自分流に作ったものを黙想しました。何も見ないで行えるほどに簡略化しています。

2 第1章 容色などの章    アングッタラ二カーヤ 第1集

2 第1集 第1章 容色などの章

2  Ekakanipātapāḷi 1. Rūpādivaggo Aṅguttaranikāyo

‘‘Nāhaṃ, bhikkhave, aññaṃ ekasaddampi samanupassāmi yaṃ evaṃ purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhati yathayidaṃ, bhikkhave, itthisaddo. Itthisaddo, bhikkhave, purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhatī’’ti. Dutiyaṃ.

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比丘たちよ。わたしはこれほどまでに男性のこころを固くとらえる声(声)を、他にひとつも見ない。比丘たちよ、それは女性の声である。比丘たちよ、女性の声は男性のこころを固くとらえるものである。

原始仏典Ⅲ増支部経典  第1巻  浪花宣明  訳   前田專學  編集   中村元 監修  春秋社  第1集 第1章 容色などの章 2

多くの人にとって異性の声は心地よいものである。

散文3 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

3 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ

‘‘Ahampi kho, brāhmaṇa, kasāmi ca vapāmi ca; kasitvā ca vapitvā ca bhuñjāmī’’ti. ‘‘Na kho pana mayaṃ [na kho pana samaṇa (syā.)] passāma bhoto gotamassa yugaṃ vā naṅgalaṃ vā phālaṃ vā pācanaṃ vā balibadde [balivadde (sī. pī.), balībadde (?)] vā. Atha ca pana bhavaṃ gotamo evamāha – ‘ahampi kho, brāhmaṇa, kasāmi ca vapāmi ca; kasitvā ca vapitvā ca bhuñjāmī’’’ti.

Atha kho kasibhāradvājo brāhmaṇo bhagavantaṃ gāthāya ajjhabhāsi –

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(師は答えた)、「バラモンよ。わたしもまた耕して種を播く、耕して種を播いてから食う」と。(バラモンがいった)、「しかしわれらは、ゴータマさん(ブッダ)の軛(くびき)も鋤も鋤先(すきさき)も突棒(つきぼう)も牛も見ない。それなのにゴータマさんは、『バラモンよ。わたしもまた耕して種を播く。耕して種を播いてから食う』という」と。

そこで田を耕すバーラドヴァージャは詩を以て師に呼びかけた。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ 散文3

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

散文2 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

2 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ 

Addasā kho kasibhāradvājo brāhmaṇo bhagavantaṃ piṇḍāya ṭhitaṃ. Disvāna bhagavantaṃ etadavoca – ‘‘ahaṃ kho, samaṇa, kasāmi ca vapāmi ca; kasitvā ca vapitvā ca bhuñjāmi. Tvampi, samaṇa, kasassu ca vapassu ca; kasitvā ca vapitvā ca bhuñjassū’’ti.

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田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、師が食を受けるために立っているのを見た。そこで師に告げていった、「道の人よ。わたしは耕して種(たね)を播く。耕して種を播いたあとで食う。あなたもまた耕せ、また種を播け。耕して種を播いたあとで食え」と。

ブッダのことば   中村元  訳   岩波文庫  第1  蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ  散文2

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

散文1 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

1 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ 

Evaṃ me sutaṃ – ekaṃ samayaṃ bhagavā magadhesu viharati dakkhiṇāgirismiṃ [dakkhiṇagirismiṃ (ka.)] ekanāḷāyaṃ brāhmaṇagāme. Tena kho pana samayena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa pañcamattāni naṅgalasatāni payuttāni honti vappakāle. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṃ nivāsetvā pattacīvaramādāya yena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa kammanto tenupasaṅkami. Tena kho pana samayena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa parivesanā vattati. Atha kho bhagavā yena parivesanā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā ekamantaṃ aṭṭhāsi.

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わたくしが聞いたところによると、ーあるとき尊き師(ブッダ)はマガダ国の南山にある「一つの茅(かや)」というバラモンの村におられた。そのとき田を耕(たがや)すバラモン・バーラドヴァージャは種子(たね)を播(ま)く時に五百珽(ちょう)の鋤(すき)を牛に結びつけた。

そのとき師(ブッダ)は朝早く内衣を着(つ)け、鉢と上衣とをたずさえて、田を耕すバラモン・バーラドヴァージャが仕事をしているところへ赴(おもむ)かれた。ところでそのときに田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは食物を配給していた。

そこで師は食物を配給しているところに近づいて、傍らに立たれた。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ 散文1

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。経典はこのように聞いたからはじまる。

現成公案 1 正法眼蔵岩波文庫

諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり生(しやう)あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
以下は管理人の解釈である。「世の中に仏法があれば、迷いや悟りがあり、修行することもできる。生死もあり、さとった人、いまださとりに至らない人もいる。」

万法(まんぽふ)ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生(しやう)なく滅(めつ)なし。

「仏法がわれわれのところに届いていないころは、迷いや悟りというものもなく、さとった人もいまださとりに至らない人もいないし、生まれることや滅することに意味もなかった。」

仏道もとより豊倹(ほうけん)より跳出(てうしゆつ)せるゆゑに、生滅(しやうめつ)あり、迷悟あり、生仏(しやうぶつ)あり。

「仏道は快楽と苦行というところから飛び出したものであるから意味のある消滅やまよいやさとり、さとった人いまださとりに至らない人とがある。」

しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜(あいじやく)にちり、草は棄嫌(きけん)におふるのみなり。

「しかしこのように言いながらも、花は愛され惜しまれながらちり、草は嫌われ捨てられるのである。」

正法眼蔵(1) 道元 著 水野弥穂子 校注  岩波文庫