散文1 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ

1 1.Uragavaggo 4. Kasibhāradvājasuttaṃ 

Evaṃ me sutaṃ – ekaṃ samayaṃ bhagavā magadhesu viharati dakkhiṇāgirismiṃ [dakkhiṇagirismiṃ (ka.)] ekanāḷāyaṃ brāhmaṇagāme. Tena kho pana samayena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa pañcamattāni naṅgalasatāni payuttāni honti vappakāle. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṃ nivāsetvā pattacīvaramādāya yena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa kammanto tenupasaṅkami. Tena kho pana samayena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa parivesanā vattati. Atha kho bhagavā yena parivesanā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā ekamantaṃ aṭṭhāsi.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

わたくしが聞いたところによると、ーあるとき尊き師(ブッダ)はマガダ国の南山にある「一つの茅(かや)」というバラモンの村におられた。そのとき田を耕(たがや)すバラモン・バーラドヴァージャは種子(たね)を播(ま)く時に五百珽(ちょう)の鋤(すき)を牛に結びつけた。

そのとき師(ブッダ)は朝早く内衣を着(つ)け、鉢と上衣とをたずさえて、田を耕すバラモン・バーラドヴァージャが仕事をしているところへ赴(おもむ)かれた。ところでそのときに田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは食物を配給していた。

そこで師は食物を配給しているところに近づいて、傍らに立たれた。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫 第1 蛇の章 4、田を耕す、バーラドヴァージャ 散文1

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。経典はこのように聞いたからはじまる。

現成公案 1 正法眼蔵岩波文庫

諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり生(しやう)あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
以下は管理人の解釈である。「世の中に仏法があれば、迷いや悟りがあり、修行することもできる。生死もあり、さとった人、いまださとりに至らない人もいる。」

万法(まんぽふ)ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生(しやう)なく滅(めつ)なし。

「仏法がわれわれのところに届いていないころは、迷いや悟りというものもなく、さとった人もいまださとりに至らない人もいないし、生まれることや滅することに意味もなかった。」

仏道もとより豊倹(ほうけん)より跳出(てうしゆつ)せるゆゑに、生滅(しやうめつ)あり、迷悟あり、生仏(しやうぶつ)あり。

「仏道は快楽と苦行というところから飛び出したものであるから意味のある消滅やまよいやさとり、さとった人いまださとりに至らない人とがある。」

しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜(あいじやく)にちり、草は棄嫌(きけん)におふるのみなり。

「しかしこのように言いながらも、花は愛され惜しまれながらちり、草は嫌われ捨てられるのである。」

正法眼蔵(1) 道元 著 水野弥穂子 校注  岩波文庫


辨道話 岩波文庫 3

いまをしふる巧夫辨道(くふうべんだう)は、証上に方法をあらしめ、出路に一如(いちにょ)を行ずるなり。その超関(てうくわん)脱落のとき、この節目(せちもく)にかゝはらむや。

正法眼蔵(1) 道元 著 水野弥穂子 校注  岩波文庫

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。
以下は管理人の解釈である。「いま伝えようとしている坐禅は証明された方法であり、真実の修行を行うものである。自分というものをなくせたとき、もうどの節目にもかかわらないのである。」
令和元年5月1日以下は解釈の変更である。
「いま教えようとしている坐禅は、ほとけの教えを試めせる、ただ一つの方法でありそれを行おうとするものである。この方法により身心脱落するとき、どのような細かい決まりがかかわるだろうか。」

28 第2章 はげみ

28 2. Appamādavaggo Dhammapadapāḷi

Pamādaṃ appamādena, yadā nudati paṇḍito;

Paññāpāsādamāruyha, asoko sokiniṃ pajaṃ;

Pabbataṭṭhova bhūmaṭṭhe [bhummaṭṭhe (sī. syā.)], dhīro bāle avekkhati.

The Pāḷi Tipiṭaka https://www.tipitaka.org/

賢者が精励修行によって怠惰をしりぞけるときには、知慧の高閣(たかどの)に登り、自からは憂い無くして(他の)憂いのある愚人どもを見下(おろ)す。―山上にいる人が地上の人々を見下すように。

ブッダの真理のことば 感興のことば   中村元 訳   岩波文庫   真理のことば  第2章 はげみ   28

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。この詩句は修行の大切さを伝えていると思われる。