平成31年4月20日 歩く瞑想

今日はいつもより短い距離でしたが、ゆっくりと景色を楽しみながら歩きました。歩く瞑想には、様々な手法が書物などに書かれていますが、この場合は、五感から入るものを遮断しようとか、何か島になるものを用意して、それに集中しようとかはしていません。あるがままの環境をその場その場で受け止め、あとは何も残らないということです。

68 第1 蛇の章 3、犀の角

68  1. Uragavaggo 3. Khaggavisāṇasuttaṃ

Āraddhavīriyo paramatthapattiyā, alīnacitto akusītavutti;

Daḷhanikkamo thāmabalūpapanno, eko care khaggavisāṇakappo.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

最高の目的を達成するために努力策励(さくれい)し、こころが怯(ひる)むことなく、行いに怠(おこた)ることなく、堅固な活動をなし、体力と智力とを具(そな)え、犀の角のようにただ独り歩め。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫  第1 蛇の章  3、犀の角  68

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、体力と智力を具えーthāmabalupapanno(=maggakkaṇe kāyatthāmena ñāṇabalena ca upapanno.Pj.pp.122-123).とされる。

ここでは体力にも言及されている。いろいろな事に思い患うなという言葉がよく使われるが、何をするにも一定の体力を必要とする。しかし、これは自分なりの体力維持のための努力であって、他者と競うためのものではない。また本人にとって適切な体力維持の取り組みは知力の向上につながるという研究がある。