23 第2章 はげみ

23 2. Appamādavaggo Dhammapadapāḷi

Te jhāyino sātatikā, niccaṃ daḷhaparakkamā;

Phusanti dhīrā nibbānaṃ, yogakkhemaṃ anuttaraṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

(道に)思いをこらし、堪え忍ぶことつよく、つねに健(たけ)く奮励する、思慮ある人々は、安らぎに達する。これは無上の幸(しあわ)せである。

ブッダの真理のことば 感興のことば  中村元 訳  岩波文庫  真理のことば  第2章 はげみ  23

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、安らぎーnibbāna.サンスクリット語でニルヴァーナ(nirvāṇa)という。「涅槃(ねはん)」と音写する。最高の境地であり、仏道修行の最後の目的である。そこでは人間の煩悩や穢れがすべて消滅している。幸せーyogakkhema.漢訳『法句経』には「吉祥」と訳している。それのサンスクリット形であるyogakṣemaは『リグ・ヴェーダ』10・166・5以来ヴェーダ文献によく出て来る語であり、「すでに獲得したものを所有すること」、「財産を保持すること」、「財産」、「生計」、「安寧」(Sicherheit)、「幸せ」(Wohlfahrt)の意味である。(Böhtlingk:PW.s.v.yogakṣema)仏典ではしばしば「安穏」と訳しているとされる。

安らぎと涅槃とでは受ける印象が随分と違うが何重にも翻訳され、その過程で変わっていくものもあったであろう。直接原始仏教にあたる意味はここにもあると解する。

61 第1 蛇の章 3、犀の角

61  1. Uragavaggo 3. Khaggavisāṇasuttaṃ

Saṅgo eso parittamettha sokhyaṃ, appassādo dukkhamettha bhiyyo;

Gaḷo eso iti ñatvā mutīmā [matīmā (syā. ka.)], eko care khaggavisāṇakappo.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

「これは執著(しゅうじゃく)である。ここには楽しみは少なく、快い味わいも少なくて、苦しみが多い。これは魚を釣る釣り針である」と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫  第1 蛇の章  3、犀の角  61 

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。何事にも執着しないことによって平安が生まれる。脳の作用により、つねにさまよいいろいろな想念を提示してみせる。これを心と呼んでいるが、一時も休むことはない。睡眠時も夢というような形であったり常に刺激する。瞑想時はさまざまに提示される想念は、押しとどめることなく出るにまかせるが、その想念に飲み込まれてそこにとどまってはならない。その想念自体を味わい、その存在があることを知るが、そこに留まることなく、例えば呼吸などの中立的なものにもどる。