3 一つずつの詩句の集成 第1章

3. Kaṅkhārevatattheragāthā 1. Paṭhamavaggo
1. Ekakanipāto Theragāthāpāḷi

‘‘Paññaṃ imaṃ passa tathāgatānaṃ, aggi yathā pajjalito nisīthe;

Ālokadā cakkhudadā bhavanti, ye āgatānaṃ vinayanti kaṅkha’’nti.

Itthaṃ sudaṃ āyasmā kaṅkhārevato thero gāthaṃ abhāsitthāti.

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〈完き人〉たちのこの知慧を見よ。暗夜に燃える火のごとくに、光明を与え、眼をさずけ、(かれらのもとに)来れる人々の疑いを除く。

 尊き人・カンカーレーヴァタ長老は、このように詩句を唱えた。

仏弟子の告白 中村元 訳  岩波文庫  一つずつの詩句の集成 第1章 3

中村先生の訳注によると、完き人ーtathāgata.漢訳では「如来」と訳す。修行を完成した人をいうとされる。

釈迦牟尼を讃えた詩句であると思われる。

3 第1章 ひと組みずつ

3   1. Yamakavaggo  Dhammapadapāḷi

Akkocchi maṃ avadhi maṃ, ajini [ajinī (?)] maṃ ahāsi me;

Ye ca taṃ upanayhanti, veraṃ tesaṃ na sammati.

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「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨(うら)みはついに息(や)むことがない。

4 第1章 ひと組みずつ

4   1. Yamakavaggo   Dhammapadapāḷi

Akkocchi maṃ avadhi maṃ, ajini maṃ ahāsi me;

Ye ca taṃ nupanayhanti, veraṃ tesūpasammati.

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「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息(や)む。

ブッダの真理のことば 感興のことば  中村元 訳  岩波文庫   真理の言葉  第1章 ひと組みずつ 3,4

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の訳注によると、害したーavadhi.vadhという語根は「殺す」の意味であるが、ここでは「害す」の意味であろうとされる。

状況について引き起こされる思考や感情は、観察をすれば本人がよく使用する経路を通じて生み出されることが多いという。それを性格と呼んでもよい。一方この思考や感情の傾向性は、歳月の経過とともに変化することがあるが、仏教でいえば禅や瞑想で、医学でいえば認知行動療法などでも変化することがある。思うに性格というものは変化するので「我」ではない。

44 第1 蛇の章 3、犀の角

44 1. Uragavaggo 3. Khaggavisāṇasuttaṃ

Oropayitvā gihibyañjanāni [gihivyañjanāni (syā. kaṃ. pī.)], sañchinnapatto [saṃsīnapatto (sī.)] yathā koviḷāro;

Chetvāna vīro gihibandhanāni, eko care khaggavisāṇakappo.

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葉の落ちたコーヴィラーラ樹のように、在家のしるしを棄て去って、在家の束縛(そくばく)を断(た)ち切って、健(たけ)き人はただ独り歩め。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫  第1 蛇の章 3、犀の角 44

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。出家の勧めである。

43 第1 蛇の章 3、犀の角

43 1. Uragavaggo 3. Khaggavisāṇasuttaṃ

Dussaṅgahā pabbajitāpi eke, atho gahaṭṭhā gharamāvasantā;

Appossukko paraputtesu hutvā, eko care khaggavisāṇakappo.

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出家者(しゅっけしゃ)でありながらなお不満の念をいだいている人々がいる。また家に住まう在家者(ざいけしゃ)も同様である。だから他人の子女にかかわること少く、犀の角のようにただ独り歩め。

ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫  第1 蛇の章 3、犀の角 43

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。愛し、貪り、執着することは、心の平穏をみだし苦しみの原因となる。

42 第1 蛇の章 3、犀の角

42 1. Uragavaggo 3. Khaggavisāṇasuttaṃ

Cātuddiso appaṭigho ca hoti, santussamāno itarītarena;

Parissayānaṃ sahitā achambhī, eko care khaggavisāṇakappo.

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四方のどこにでも赴き、害心あることなく、何でも得たもので満足し、諸々(もろもろ)の苦難に堪(た)えて、恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。

ブッダのことば 中村元 訳  岩波文庫  第1 蛇の章 3、犀の角 42

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。苦手とかこだわりとか好みとかがないという事である。生きていくうちには、人によって出来事に対する思考や感情が、同じループを通ってわき起こることが多い。これによる行動や行動しないという決断や迷いもまた同じと思われる。これを人は自分とか、自分の物と感じ、我があると思考する。しかし、ここにそのループで巻き起こる自分の感情に振り回され、痛めつけられている人がいて、心理療法なり、修行なりを正しく行ったり、環境を大きく変化させたりすると、先ほどの、出来事に対する思考や感情のループやそれによる行動や行動しないことが変化することがある。そのものが本来持っている性質を「我」と呼ぶなら、感情や思考や行動の決断は「我」ではない。