30 第1 蛇の章 2、ダニヤ

30 1. Uragavaggo 2. Dhaniyasuttaṃ

‘‘Ninnañca thalañca pūrayanto, mahāmegho pavassi tāvadeva;

Sutvā devassa vassato, imamatthaṃ dhaniyo abhāsatha.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

忽ちに大雲が現われて、雨を降らし、低地と丘とをみたした。神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤは次のことを語った。

31 第1 蛇の章 2、ダニヤ

31 1. Uragavaggo 2. Dhaniyasuttaṃ

‘‘Lābhā vata no anappakā, ye mayaṃ bhagavantaṃ addasāma;

Saraṇaṃ taṃ upema cakkhuma, satthā no hohi tuvaṃ mahāmuni.

The Pāḷi Tipiṭaka   https://www.tipitaka.org/

「われらは尊き師にお目にかかりましたが、われらの得たところは実に大きいです。眼ある方よ。われらはあなたに帰依(きえ)いたします。あなたはわれらの師となってください。大いなる聖者よ。

32 第1 蛇の章 1、蛇

32 1. Uragavaggo 2. Dhaniyasuttaṃ

‘‘Gopī ca ahañca assavā, brahmacariyaṃ [brahmacariya (ka.)] sugate carāmase;

Jātimaraṇassa pāragū [pāragā (sī. syā. kaṃ. pī.)], dukkhassantakarā bhavāmase’’.

The Pāḷi Tipiṭaka   https://www.tipitaka.org/

妻もわたしもともに従順であります。幸せな人(ブッダ)のもとで清らかな修行を行いましょう。生死の彼岸に達して、苦しみを滅(ほろぼ)しましょう。」

ブッダのことば 中村元 訳 第1蛇の章 2、ダニヤ 30、31、32

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の注釈によると、眼ある方は、一般的に仏の異名とされているとのことである。

清らかな修行ーbrahmacariya. 漢訳仏教では「梵行」と訳している場合が多い。この場合brahma は清らかな、崇高な、というほどの意味で、cariya は行い、特に行(ぎょう)、宗教的な修養を意味する。後代のインド一般では、brahmacariya というときには、独身で、男女関係を一切断っていること、不婬の行をいうとされる。また、32の詩において「生死の彼岸に達す」というのも「苦しみを滅ぼす」というのも同じことであり、解脱にほかならないとされる。

「sramanic の伝統(仏教ジャイナ教Ājīvika 、Carvaka の学校) の中で、ブラフマチャリアは、一般的に前提条件と考えられている独身の自己強要の練習のために使用される用語であるスピリチュアルな練習。例えば、ジャイナ教の僧侶の5つの偉大な誓いの4番目は、この場合、性的な思考や欲望の回避を含むすべての五感の官能的な喜びからの総禁欲を意味する独身の誓いです。 [19] ブラフマチャリアの美徳にしっかりと根ざしているヨギは、大きな活力を得ると言われている。 [24]  https://www.translatetheweb.com/?from=&to=ja&ref=SERP&dl=ja&rr=UC&a=https%3a%2f%2fen.wikipedia.org%2fwiki%2fBrahmacharya

下記記事のWeb翻訳ツールによる翻訳

「Among the sramanic traditions (Buddhism, Jainism, Ājīvika and Carvaka schools ), brahmacharya is the term used for a self-imposed practice of celibacy generally considered a prerequisite for spiritual practice. The fourth of the five great vows of Jain monks, for example, is the vow of celibacy, which in this case means a total abstinence from the sensual pleasure of all five senses, including the avoidance of sexual thoughts and desires.[19][23] The yogin who is firmly grounded in the virtue of brahmacharya is said to gain great vitality.[24] https://en.wikipedia.org/wiki/Brahmacharya

英語の翻訳前の記事

日本仏教において性的パートナーを持つこと、ないし性についての思考及び行動の禁止の問題はどう解決されているのかはわからない。ただ在家者においては、特定の性的パートナーを持つこと及びその性的パートナーとの性行為は戒律に違反しているとはされない。