17 第1 蛇の章 1、蛇

17 1. Uragavaggo 1. Uragasuttaṃ

Yo nīvaraṇe pahāya pañca, anigho tiṇṇakathaṃkatho visallo;

So bhikkhu jahāti orapāraṃ, urago jiṇṇamivattacaṃ purāṇaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

五つの蓋(おお)いを捨て、悩みなく、疑惑を超(こ)え、苦悩の矢を抜き去られた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。-蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

ブッダのことば 中村元 訳  第1 蛇の章  1、蛇  17

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の注釈によると、五つの蓋いーその原語(nivaraṇā pañca)は漢訳仏典では「五蓋」と訳される。貪欲と、いかりと、こころのしずむことと、こころのそわそわすることと、疑いとをいうとされる。

悩みなくーanigho. 苦悩の矢ー欲情(rāga)、嫌悪(dosa)、迷妄(moha)、高慢(māna)悪い見解(diṭṭhi)の五つをいうとのことである。注目すべき状態である。

Uragasuttaṃ paṭhamaṃ niṭṭhitaṃ.

この詩句で、「1、蛇」がおわる。自分の心の状態を良く点検すべきだということである。

16 第1 蛇の章 1、蛇

16 1. Uragavaggo 1. Uragasuttaṃ

Yassa vanathajā na santi keci, vinibandhāya bhavāya hetukappā;

So bhikkhu jahāti orapāraṃ, urago jiṇṇamivattacaṃ purāṇaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

ひとを生存に縛(しば)りつける原因となる(妄執(もうしゅう)から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。-蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

ブッダのことば 中村元 訳 第1 蛇の章 1、蛇 16

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

生き続けるという事と、生存に縛りつける原因となる妄執をいささかも持たないということは一見矛盾するように見えるが、苦の原因となるものを除き、死ぬまで幸せに生き続けるということである。

15 第1 蛇の章 1、蛇

15 1. Uragavaggo 1. Uragasuttaṃ

Yassa darathajā na santi keci, oraṃ āgamanāya paccayāse;

So bhikkhu jahāti orapāraṃ, urago jiṇṇamivattacaṃ purāṇaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

この世に還(かえ)り来る縁となる(煩悩(ぼんのう)から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。ー蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

ブッダのことば 中村元 訳 岩波文庫 第1章 蛇の章 1、蛇 15

テキストの漢字ルビはカッコ書きで表記した。

仏教がこの世に還り来るということを教義の中に取り入れているかどうかについては諸説がある。ただ、当時のインドに輪廻転生思想が定着していたため、説明に当時の大衆が信じていることを土台として使うことは、釈迦牟尼がよく行われていた伝え方として、対機説法という方法をもちいられ、それは、相手が理解できるように話されたということで、当時の常識を踏まえた上でお話をされたと理解できます。

「お釈迦さまが説法されるときは機をみて法を説いたといいます。機とは法を説く相手のことです。その人の人格、年齢、教養、性質、まわりの環境、それらをよく知った上で、その人が理解できるように法を説いたのです。だから、心の底に教えがおさまったのでしょう。一方的な言い方ではなく、まず相手を理解する。その中にことばの交流はある」といいます。http://www.tendai.or.jp/houwashuu/kiji.php?nid=65

ここでの主題は、煩悩は苦しみの原因となることであり、そこから離脱すれば涅槃にいたり、幸福になるという教えですから、ここではこの世に還り来ることがあるかどうかについては、問題となるものではないといえます。