8  第1 蛇の章 1、蛇

8  1. Uragavaggo 1. Uragasuttaṃ

Yo nāccasārī na paccasārī, sabbaṃ accagamā imaṃ papañcaṃ;

So bhikkhu jahāti orapāraṃ, urago jiṇṇamivattacaṃ purāṇaṃ.

The Pāḷi Tipiṭaka  https://www.tipitaka.org/

走っても疾(はや)過ぎることなく、また遅れることもなく、すべてこの妄想をのり超(こ)えた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。-蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

ブッダのことば 中村元訳 岩波文庫 第1 蛇の章 1、蛇 8

書物の漢字ルビはカッコ書きで表記した。中村先生の注釈では、註によると、努力精励しすぎることもなく、また怠けることもなくの意で、つまり中道の思想を説いているとされる。妄想の語は漢訳仏典ではよく「戯論」と訳されるとのことである。

極論や極端な行為はダメということだと思う。

釈迦は、6年にわたる生死の境を行き来するような激しい苦行を続けたが、苦行のみでは悟りを得ることができないと理解する。修行を中断し責めやつしすぎた身体を清めるためやっとの思いで付近のナイランジャナー川(Nairañjanā、尼連禅河)[2]に沐浴をした。

「スジャータは、「もし私が相当な家に嫁ぎ、男子を生むことがあれば、毎年百千金の祭祀(Balikamma)を施しましょう」とニグローダ樹に祈った。その望みの通りになったため、祭祀を行っていた。スジャータの下女は、プンナー(Puññā)樹下に坐していた釈迦を見て、樹神と思い、スジャータに知らせた。すると、スジャータは、喜んでその場に赴いて、釈迦に供養した(乳粥供養)。釈迦は、スジャータから与えられた乳がゆ(Pāyāsa)を食して、ナイランジャナー川に沐浴した。なお、『スッタニパータ』では、スジャータは、この乳がゆに、諸天妙汁(Oja)を加えていたと記している。心身ともに回復した釈迦は、心落ち着かせて、近隣の森の大きな菩提樹下に座し、(東アジアの伝承では旧暦12月8日に)遂に叡智を極め悟りを得て、仏教が成道した。
一般的に、釈迦がスジャータから乳がゆの供養を得て悟りを得た後に説法して弟子となったのは、五比丘であり、優婆夷(女性在家信者)ができたのもその後と考えられるが、彼女を最初の優婆夷とする仏典もある。 」 https://ja.wikipedia.org/wiki/スジャータ

軟弱なわたしの中道と、釈迦牟尼の中道とが同じ程度かといわれると、そうではないと思わざるをえない。



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